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佐藤正明『日産 その栄光と屈辱』

従来のイメージを覆そうとする歴史修正主義は面白いけど
読み始めたら止められなくなってしまうほどだったのが、
佐藤正明『日産 その栄光と屈辱~消された歴史 消せない過去』(文藝春秋,2012)

自動車業界に関心がなく知識もない小生だが、同業界に詳しいノンフィクション作家として
本書の著者の名前と(読んだことはないけど)その著作のタイトルだけは流石に知っていた
(なお、新聞協会賞や大宅賞を受賞していたことは、本書奥付の著者紹介で初めて知った)。

日産に対しても興味すらなかったので、日産の労使が激しく対立していた80年代だったと思うが、
その労組のトップ(塩路一郎)を攻撃する週刊誌・月刊誌の記事も見出しを眺めていただけ。
その程度の小生でさえ刷り込まれてしまったイメージ(塩路=労働貴族)があるのだから、
それらを読んでいた人なら、本書に対して強烈な拒否感情が起きるだろうね(^_^;)
まぁ、たしかに本書は明らかに塩路側からの視点に偏り過ぎているきらいはあるけれど、
塩路スキャンダル捏造への会社の関与を認める正式文書(石原社長の詫び状)がある以上、
従来のイメージとの認知的不協和というだけで本書の内容を全否定するのは無理だわな(^_^;)

本書197~198頁に、

  「ホップ、ステップ、ジャンプ」。石原さんが立てた塩路抹殺劇のシナリオである。誹謗中傷の
  怪文書を執拗に流し、イメージダウンを図るのがホップ。金と女というお決まりのスキャンダル
  を捏造するのがステップ。怪文書と捏造したスキャンダルを週刊誌や月刊誌などのマスコミに
  売り込み、問題を経営政策からスキャンダルじみた権力闘争にすり替え、塩路さんを失脚
  させるのがジャンプである。/怪文書と労組トップのスキャンダラスな写真が頻繁にマスコミに
  出回れば、日産のイメージダウンは避けられないが、組合員を動揺させる効果はある。
  石原さんの狙いはそこにあった。/その一方で自動車労連副会長をはじめとする組合幹部と
  水面下では接触して、悪魔のささやきで転向を促し、最後は会社は手を汚さずに組合の手で
  塩路さんを組織から追放する。これが石原さんの描いたシナリオである。その実行部隊は
  社長室、人事部、広報室である。

とあるけど、その「マスコミを使った塩路批判・中傷記事は、海外プロジェクトがスタートした
八〇年の春から本格化した」(本書114頁)として、青木慧「日産共栄圏の危機」「偽装労連」、
清水一行「偶像本部」、高杉良「覇権への疾走」「労働貴族」とともに、東大社研の教授らによる
学術書までが挙げられてた(本書114~115頁)。著者によれば、「全編、石原さんの礼賛と
塩路攻撃で構成され」(本書114頁)、「塩路さんだけでなく組合サイドには一切取材がなく、
察するに取材源は石原さんと社長室であるのは明らか」(本書115頁)だった由。それにしても、
東大社研の本を「石原さんは書店で発売される前に・・・経営会議でこの本をメンバーに配り・・・
部長以上の幹部には無料で配布することを指示した」(本書115頁)というのは、馬脚じゃん。
学術書は売れず採算とれないので日産による買取を前提とした研究・出版だったりして(^_^;)

高杉良の月刊誌連載(単行本化で「覇権への疾走」)の取材過程を本書213~215頁は明かし、
高杉はイメージダウン(;_;) 『大逆転!~小説三菱・第一銀行合併事件』(角川文庫,1986)は
巻を措く能わず面白さで何回も読んだけど、別に愛読者というほどでもないからいいか(^_^;)
佐高信『経済小説のモデルたち』(現代教養文庫,1994)30~31頁によると、『大逆転!』にも
「ウソ」があり、実名小説をノンフィクションと勘違いしないように気を付けなきゃ(^_^;)
ついでに高杉の他の作品で既読のを古い手帳からメモっておく(^^)

・『高杉良経済小説全集 第7巻 大合併 小説第一勧業銀行/大逆転!』(角川書店,1996)
・『局長罷免~小説通産省』(講談社文庫,1998)
△『銀行大統合~小説みずほFG』(講談社文庫,2004)
◎『炎の経営者』(文春文庫,2009)

清水一行も本書の著者に対して企業小説の手法について

  私は基本的に自分で取材はしません。足(データマン)から情報を上げてもらい、それを基に
  自分で創作するのです。むろんモデルとなる企業や人物はありますが、あくまで小説です。
  ですから実在する企業名や人物は原則的に仮名にします。私の小説を読んだ読者が特定の
  企業や登場人物を想像するのは自由ですが、私が書いているのはノンフィクションではなく
  あくまでフィクション、小説なのです。・・・

と述べてた由(本書215頁)。『燃え盡きる』(角川文庫,1980)で描かれた三菱重工の
牧田與一郎社長の晩年のカッコいい生き様(死に様?)も「創作」だったら、がっかり(^_^;)

城山三郎も

  佐藤さん、早く私たちの世界(フィクション)にいらっしゃいよ。還暦過ぎてなお、
  名誉毀損と裏腹のノンフィクションを書き続けるのは大変ですよ。その点、
  フィクションは創作ですから、・・・

と著者にアドヴァイス(本書217頁)したというのも何だかなぁ(..)

とまれ、今後は彼らの実名小説を読む際は留意しないといけないな(^_^;)

М資金に踊らされ犠牲者(しかも有名な企業経営者!)が出てたのには驚いた(本書23章)。

あと、本書は後半になると、誤植が多いのは残念(+_+)

「終章」の最後の一文はメモしておくべきだな(本書419頁)。

  四十数年にわたり企業取材を続けてきた私が日産の栄枯盛衰を見て出した結論は、
  「会社はトップの力量いかんで発展もするし破綻もする」という極めて単純なことである。

四十年近くも「巻置く能わず」と書いていたことに今日気付いた(^_^;)
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